Gastrointestinal Endoscopy (GIE) 2018年5月号から、大腸がんの新しい内視鏡治療法(Underwater ESD)を発表しました。

※Impact Factor: 7.229 (2018年) 

・論文タイトル

Usefulness of underwater endoscopic submucosal dissection in saline solution with a monopolar knife for colorectal tumors (with videos)

・誌名、発表年、号、ページ

Gastrointestinal Endoscopy (GIE) 2018; 87(5): 1345-1353

論文を読みたい方は、以下のボタンからアクセス出来ます。

論文の著者インタビューで、概要を説明しています。YOU TUBEから見ることが出来ます。

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ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)とは

今回発表したのは、新しいESDの方法になります。

論文の内容を説明する前に、ESDについて簡単にご説明します。

ESDは、胃カメラや大腸カメラの先から出した電気メスで、消化管(食道・胃・十二指腸・大腸など)の腫瘍(がん、腺腫などの良性腫瘍など)を切除する治療法です。

ESDとは「Endoscopic Submucosal Dissection」の略語で、日本語では、「内視鏡的粘膜下層剥離術」と言います。

内視鏡的~と名前が付いていますが、この内視鏡とは、胃カメラ・大腸カメラのことです。

ESDでは、外科手術と違い、おなかを切らなくても癌を切除することが出来るため、おなかにキズは出来ません。

また、胃が小さくなったり、腸が短くなったりするようなことがないため、体への負担が少ない治療と言えます。

ESDに関しては、以下の記事に詳しくまとめてあります。興味のある方は、ご覧になって下さい。

ガスで膨らませた消化管でのESD(従来のESDの方法)

ESDは、通常はガスで膨らませた消化管の中で行われています。

ESDでは、病変の下の組織を剥がして病変を切除します。従来、ガス(空気や二酸化炭素)の中で行う方法しかありませんでした。

ESDでは、病変と重力の関係が重要です。

病変が重力の下側にある場合、粘膜が垂れ下がり、その下に入り込みにくくなるため、病変の切除が困難になります。

病変が重力の下側にあると、粘膜が垂れ下がります。カメラ(内視鏡)の先端が病変の下に入り込みにくくなり、病変の切除が困難になります。

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液体で膨らませた消化管内でのESD(新しいESDの方法)

今回、私が論文で報告した方法は、液体で膨らませた大腸の中でESDを行う、という新しい方法です。

英語では、Underwater ESDと呼んでいます。

液体として使用可能な物質は色々と考えられますが、今回発表した論文においては、生理食塩水を用いました。

Underwater ESDで得られる代表的な利点として、以下の4つがあります。

Underwater ESDの利点

・浮力
・水圧
・光の反射が抑制される
・吸熱効果

これらが、なぜ、ESDにおいて利点となるかについて述べます。

浮力

生理食塩水の中では、浮力が重力と逆側に働きます。

これは、アルキメデスの原理で説明されます。

流体中の物体は、その物体が押しのけている流体の重さ(重量)と同じ大きさで上向きの浮力を受ける。

アルキメデスの原理

そのため、病変が重力の下側にあっても、浮力により粘膜が浮かび上がり、粘膜の下にカメラ(内視鏡)の先端が入り込みやすくなります。

浮力により粘膜が展開。
粘膜の下にカメラ(内視鏡)先端が入り込みやすくなります。

水圧

ESDで使用されるカメラ(内視鏡)には、送水機能を持ったものが使われます。

送水により、垂れ下がった粘膜を展開するのは、通常のESDでも行われていました。

しかし、跳ね返ってきた水しぶきがカメラのレンズに付着し、視野がとれない状況になる場合があります。

Underwater ESDでは、液体中にカメラのレンズがあるため、水しぶきで視野がとれなくなることはありません。

生理食塩水の中で送水することで、水圧が生じて粘膜が展開されます。

それにより、病変の下の組織(粘膜下層)を切除しやすくなります。

カメラ(内視鏡)からの送水により粘膜を展開することが出来ます。Underwater ESDでは、水しぶきによる視野障害がありません。

光の反射が抑制される

通常のESD(ガス内でのESD)とUnderwater ESDでは、同じ場所を見ていても、以下の写真のような視野の違いが出ます。

通常のESD(左)とUnderwater ESD(右)の視野の違い。左では、矢印の内側はぼんやりして見えにくいですが、これは光の反射の影響です。右では、光の反射がなく、透明感のある視野になっており、矢印の内側がよく見えます。写真は Gastrointestinal Endoscopy (GIE) 2018; 87(5): 1345-1353 から引用。

この視野の違いについて、ご説明します。

カメラ(内視鏡)からは光が出ており、それにより大腸の中を観察することが出来ます。

しかし、ガスの中では、このカメラ(内視鏡)から出る光が反射して、術野が見えにくくなる場合があります。

一方、生理食塩水の中では、光の反射がなくなります。そのため、Underwater ESDでは、術野が見えやすくなり、切除すべき部位を見誤る可能性を減らすことが出来ます。

ESDにおいては、切除すべき部位の誤認は穿孔(せんこう、胃腸の壁に穴があくこと)につながります。

このようなリスクを回避するのに、Underwater ESDは有用と考えられます。

吸熱効果

吸熱効果とはエネルギーを熱として吸収する、つまり負の反応熱を持つ化学反応です。

身近な例として、夏に行われる“うち水”があります。水が気化するときに熱を吸収することを利用して、地面の温度を下げることが出来ます。

Underwater ESDでは、似たような効果が起こっていると考えられます。

以下は、通常のESDからUnderwater ESDへ切り替えた症例の切除検体です。

通常のESDからUnderwater ESDへ切り替えた症例の切除検体。検体の色が、左右で違います。この違いは、Underwater ESDにおける吸熱効果によるものと考えられます。 Gastrointestinal Endoscopy (GIE) 2018; 87(5): 1345-1353 から引用。

この吸熱効果が、ESDでどのように影響するかは、今のところ分かっていません。

通常のESDで検体に熱が及んでも、影響ないことがほとんどです。

しかし、筋層に熱の影響が及ぶと、遅発性穿孔(術後に胃腸の壁に穴があくこと)などの懸念があります。

Underwater ESDでは、電気メスで病変を切除している際中、筋層に波及する熱の影響を抑えることで、遅発性穿孔などのリスクを軽減するかもしれません。

まとめ

今回、GIEから発表した論文の内容を簡潔にまとめました。

Underwater ESDには、従来のESDでは得られない利点があります。

今後は、従来のESDと比べ、どのような違いが出るかについて、検討していきたいと考えております。

なお、今回発表した内容に興味のある方は、以下のリンクから論文にアクセス出来ます。

十二指腸腫瘍に対する Underwater ESD も報告しています。

2022年に、Underwater ESD用の処置具を発表しました(特許出願中、2022年現在)。

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