ご高齢の患者様は、若い人に比べ、元気度に個人差が大きいため、年齢だけで画一的に治療方針を決めることが難しいという問題があります。
胃癌の代表的な治療法として、外科手術があります。しかし、患者様がご高齢の場合、外科手術に耐えられるかどうかという心配があると思います。
また、「年だからもう治療は受けたくない」と希望されるご高齢の患者様もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、普段の診療で患者様からお受けした質問などを元に、ご高齢の患者様の胃癌治療を考えていきます。
高齢者とは
一般的には、65歳以上の人のことを高齢者と言います。
健康保険では、
・65~74歳:前期高齢者
・75歳以上:後期高齢者
と分かれています。
しかし、患者様の元気度は、単純に年齢だけで決めることは出来ません。
この記事における「高齢者」「ご高齢の患者様」とは、以下のような状態をイメージしてお読みください。
・歩くのに杖が必要
・身の回りのことをする際、他人の介助が必要なことが多い
・座ったり、横になったりして過ごすことが多い
胃癌の治療法の考え方
胃癌は、癌の進行度によって、早期胃癌と進行胃癌に分類され、治療法も異なってきます。
そのため、まず早期胃癌と進行胃癌の違いについて述べます。
早期胃癌と進行胃癌
早期胃癌と進行胃癌の分類は、癌の根の深さ(深達度)で決まります。
胃の壁を横から見たイラストを提示します(分かりやすくするため、簡略化してあります)。
根の深さが粘膜下層までの胃癌を「早期胃癌」、筋層まで到達したものを「進行胃癌」と呼びます。
早期胃癌はほとんど症状がありません。
しかし、時間の経過とともに癌の根は深くなっていきます。
癌の根が筋層まで到達し、進行胃癌になると様々な症状を起こすようになります。
胃癌の治療の選択肢
胃癌の治療として、以下のようなものが挙げられます。
・内視鏡治療:内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)など。おなかを切らない治療。私は主にこの治療を行っております。
・外科手術(おなかを切る手術)
・化学療法(抗がん剤)
・放射線治療
・緩和ケア(鎮痛剤など)
胃癌の進行度、胃癌の転移の有無などによって、上記の治療は使い分けられています。
以下に、胃癌の治療法選択のアルゴリズムを提示します。
私は、内視鏡治療を担当しております。内視鏡治療にも様々な種類がありますが、その中でも特に、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)という治療を専門としています。
高齢者の胃癌の治療方針
ここまで胃癌の治療方針の考え方を述べて来ました。
高齢者においても、考え方は同じですが、以下の点に配慮が必要になります。
・体の元気度
・内臓機能の低下
・心の状態
・生活環境
・余命
それぞれ、細かく見ていきます。
体の元気度
冒頭で述べたように、患者様の元気度は単純に年齢だけで決まるわけではありません。
同じ90歳でも、自分で身の回りのことをして一人暮らしをしている方、寝たきりの方など元気度は様々です。
体の元気度は、「パフォーマンスステータス(PS)」という指標を用いて評価することが出来ます。
PS 0:日常生活に問題なし。癌になる前と同じ生活が出来る。
PS 1:歩行、軽い作業(軽い家事、事務作業など)が出来る。激しい運動は出来ない。
PS 2:歩行、自分の身の回りのことは出来る。作業(家事や事務作業など)は出来ない。1日の半分以上は起き上がって生活できる。
PS 3:自分の身の回りのことも限られたことしか出来ない。1日の半分以上を寝ているか、座った状態で過ごしている。
PS 4:全く動けない。1日中、寝ているか、座った状態で過ごしている。
※出典:Eastern Cooperative Oncology Group (ECOG)
PS(パフォーマンスステータス)の数値は、治療の選択の際、参考になります。
PS 0~2であれば、ある程度の体の元気度は保たれているため、外科手術、内視鏡治療、化学療法(抗がん剤)、放射線治療などを検討することが出来ます。
PS 3~4の場合、体の元気度はかなり低下しているため、胃癌を治すための治療というよりは、痛みなどの症状を和らげるための治療(緩和ケア)が中心になります。
内臓機能の低下
年齢を重ねると、心臓、肺、肝臓、腎臓などの機能が落ちていきます。
そのため、薬の副作用が出やすくなることがあり、胃癌の治療を行う際も細心の注意が必要になってきます。
例えば、私が普段行っている内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)という治療は、点滴で麻酔をしてから行いますが、内臓機能が低下している場合は、麻酔薬の投与により、血圧が下がりやすくなったり、呼吸が弱くなったりすることがあるため、リスクが高くなります。
心の状態
ご高齢になると、内臓の機能は保たれていても、物事の意思決定や、自分の希望を言葉にすることが難しくなる場合があります。
そのため、ご家族は治療を希望されていても、ご本人が希望されているかどうか分からないというような場合があり、治療方針を決めるのが難しくなります。
一方、ご本人が胃癌の治療を強く希望されている場合もあります。
基本的にはご本人の意思を最大限に尊重すべきと考えますが、治療に伴うリスクや、ご家族の希望もあるため、総合的に判断していくことが重要です。
生活環境
生活環境は、患者様によって様々です。
例えば、同居人の有無などによって、以下のようなパターンが考えられます。
・一人暮らし
・ご高齢の家族と二人暮らし
・子供の家族と一緒に生活
一人暮らし、ご高齢の家族と二人暮らしの場合は、治療の合併症などの問題が起きると、自宅での対処が難しい可能性があり、治療を行うかどうか決める際に配慮が必要です。
また、自宅の構造は患者様によって異なります。
・階段の上り下りが必要(エレベーターなしのマンション、2階建ての一戸建てなど)
・階段の上り下りの必要なし(エレベーター付きマンション、平屋の一戸建てなど)
階段の上り下りが必要な自宅に住まれている場合、入院などで足腰が弱ってしまうと自宅で生活が難しくなってしまうかもしれません。
治療が行うにしても、足腰が弱らないように配慮が必要になります。
引っ越しや、自宅をバリアフリーに改造するなどの対応も出来るかもしれませんが、その際は、経済的な負担が問題になります。
余命
一般的に、ご高齢になると色々な病気になりやすくなります。
そのため、胃癌は早期の状態であっても、他の病気で余命が限られている場合があります。
例えば、末期の膵臓癌で余命が3か月と診断されている患者様に、早期胃癌が発見された場合を考えてみましょう。
確かに、早期胃癌は内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)などの体への負担の軽い治療で治る可能性はあります。
しかし、末期の膵臓癌があるため、早期胃癌を治したとしても、余命を伸ばすことは難しいと考えられます。
ESDは体への負担が軽い治療ですが、術後に出血などが起こるリスクがあります。
このような場合、早期胃癌の治療を行うことが最善の選択肢とは言えないかもしれません。
胃癌を治療しないで放置するとどうなるか
胃癌を治療しなかった場合、どのようなことが起きるかについても知っておく必要があります。
「年をとると、癌の進行は遅くなる」と考えがちですが、必ずしもそうではありません。
胃癌が進行すると、以下のようなことが起きるようになります。
・出血を繰り返す
・食事がとれなくなる
・痛み
など
胃癌を治すことが出来れば、上記の症状は予防することが出来ます。
そのため、患者様がご高齢であっても、元気度が保たれていれば、放置せず治療を検討する方が良いでしょう。
特に、早期胃癌の状態であれば、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)などの体に負担の軽い治療で完治が望めます。
私自身、患者様がご高齢であっても、適応を慎重に判断した上で、ESDで胃癌を治療することがあります。
具体例を以下に挙げます。
90歳以上の胃癌の患者様。
血液サラサラの薬を複数内服している影響で、胃癌から出血を繰り返している。
出血に伴う症状で繰り返し救急外来を受診されており、ご本人、ご家族とも負担が大きい状態。
内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)で胃癌を治療した。
治療後は胃癌からの出血がなくなり、病院を受診しなくても良くなった。
まとめ
ご高齢の患者様は、元気度に個人差が大きいため、画一的に治療方針を決めることが難しいという問題があります。
元気度が保たれているのであれば、年齢だけを理由に、胃癌の治療をあきらめる必要はありません。
一方、寝たきりなど、元気度が低下している状態であれば、胃癌を治すことが最善の選択肢とはならない場合があります。
主治医、家族などで相談し、治療方針を決めていくことが重要です。
その際、以下の点に十分に配慮することが重要です。
・体の元気度
・内臓機能の低下
・心の状態
・生活環境
・余命
なお、当科(湘南藤沢徳洲会病院・内視鏡内科)では、ご高齢の患者様であっても、適応を慎重に判断した上で、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)で胃癌の治療を行っています。
ESDに関するご相談を希望される患者様は、下記のお問い合わせボタンから、お気軽にご連絡ください。
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