ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)の手順
食道・胃・十二指腸・大腸の”癌(がん)”の治療と言えば、外科手術(開腹手術、開胸手術)を思い浮かべられる方が多いのではないでしょうか。
しかし、最近は胃カメラ、大腸カメラから電気メスを出して、癌を切除することが出来る新しい治療法、ESD(Endoscopic Submucosal Dissection: 内視鏡的粘膜下層剥離術)が普及してきています。
ESDは、外科手術と異なり、おなか、胸などを切る必要はありません。口、あるいは肛門から胃カメラや大腸カメラを入れて、癌の部分だけを電気メスで切り取ることが出来るからです。
ESDは、体への負担が少なく、ご高齢の患者様でも無理なく受けていただくことが出来ます。術後も、早期に歩いていただくことが可能ですし、デスクワークであれば、一般的には退院してからすぐに復帰していただくことが出来ます。また、胃などの臓器が一部、あるいは全部が切り取られる外科手術と比較すると、ESDでは、臓器を残すことが出来ます。そのため、一部の例外を除けば、基本的に後遺症は起こりません。
ただし、ESDで治すことが出来る癌は、初期の段階の癌に限られます。進行した癌になっている場合は、ESDではなく、外科手術や、抗がん剤、放射線治療などが必要になります。
私はESDの開発施設である佐久総合病院、岸和田徳洲会病院でESDを学んで参りました。現在は、湘南藤沢徳洲会病院で日々、ESDに取り組んでおり、1200例以上の患者様にESDを実施してきた経験がございます。
この記事では、ESDについて、患者様に分かりやすい言葉を用いて、ご説明します。
ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)とは
ESDとは「Endoscopic Submucosal Dissection」の略語で、日本語では、「内視鏡的粘膜下層剥離術」と言います。
ここで言う内視鏡とは、胃カメラ、大腸カメラのことです。
よく間違われるのですが、腹腔鏡とは異なるものです。
ESDでは、おなかや胸にキズが出来ることはありません。
ESDは、胃カメラまたは大腸カメラから出した電気メスで、粘膜の下の組織(粘膜下層)を剥がして、癌あるいは将来的に癌になる可能性がある良性腫瘍や、ポリープなどを切除する治療法です。
ESDは、外科で行われる腹腔鏡手術とは違うことにご注意ください。
ESDで切除が可能な層
食道、胃、十二指腸、大腸の壁は、大まかに言うと粘膜、粘膜下層、筋層という3つの層からできています。
例えば、胃の壁は下の図のようになっています(分かりやすくするために、漿膜などは除き、簡略化してあります)。
イラストに示した通り、胃壁は内側から順に
・粘膜
・粘膜下層
・筋層
に分けられます。
筋層を切り取ると、胃壁に穴が開いてしまい(穿孔:せんこう、と言います)、腹膜炎などの重篤な合併症を引き起こします。そのため、ESDで切り取れるのは、粘膜~粘膜下層までです。
ESDの手順
病変の範囲を診断する
胃カメラ、大腸カメラで病変の広がりを診断し、切除する範囲を決めます。
病変の周りに目印を付ける(マーキング)
病変の範囲を診断し、その外側の粘膜を電気メスで焼いて、マークを付けます。このマークが、切除する範囲の目印になります。
粘膜の下に液体を注入して浮かせる(局注)
消化管の壁は薄いため、そのままの状態で電気メスを入れると、その奥にある筋層が傷ついてしまい、容易に穴が開いてしまいます。そのため、粘膜の下(粘膜下層)に液体を注入して厚くします。注入する液体には、生理食塩水、ヒアルロン酸などの種類があります。
粘膜を切る(粘膜切開)
マークの外側の粘膜を切ります。粘膜を切ると、その下にある粘膜下層が見えてきます。
粘膜の下の組織を剥がす(粘膜下層剥離)
粘膜の下にある粘膜下層という組織を、電気メスで剥がしていきます。
潰瘍の治った傷跡などがあると、粘膜下層が硬くなります。この粘膜下層が硬くなる現象は「線維化」と呼ばれます。線維化が強固だと、剥がすことが出来るスペースが狭くなるため、粘膜下層を剥がすのが難しくなります。そのため、線維化はESDにかかる時間が長くなる、穿孔(せんこう)のリスクが高くなる、などの原因となります。
病変の切除終了
病変の外側の粘膜を切って、粘膜下層を全て剥がすことで病変の切除が完了します。
切除した部位は、キズ(潰瘍)になります。自然に治っていきますが、完全にキズ(潰瘍)が閉じるまで2か月程度かかります。
ESD術後は、穿孔がなければ、あまり痛みは出ません。症状があっても、違和感程度のことが多いです。この違和感も術後3日程度で感じなくなることが多いです。
病院の方針によってスケジュールの多少の差はありますが、ESD術後は麻酔が覚めればトイレへの歩行程度はその日の内から可能な場合が多く、翌日または翌々日からは食事も再開出来る場合が多いです。
ESDの適応
ESDの適応の原則は、「転移の可能性がほとんどない初期の癌(がん)」であることです。
ESDは、癌の部分だけを臓器の内側から剥がしとる治療です。臓器の外側に癌の転移があったとしたら、癌が転移した部位はそのままになってしまいます。
そのため、どのような癌であってもESDで治せる、というわけではありません。
それでは、ESDで治すことが出来る「転移の可能性がほとんどない初期の癌」とは、具体的にはどのような癌でしょうか?
実は今までの統計で、その特徴が分かっています。
次の項でご説明します。
早期癌(がん)と進行癌の違い
ESDの適応をご理解いただくためには、早期癌と進行癌の違いを知っていただく必要があります。
早期癌なのか、進行癌なのかは、癌の根の深さ(深達度)で決まります。
消化管の壁を横から見たイラストを提示します(分かりやすくするため、簡略化してあります)。
胃、大腸では粘膜下層までの癌を「早期癌」、筋層まで到達したものを「進行癌」と呼びます。
食道では粘膜までの癌を「早期癌」、粘膜下層までの癌を「表在癌」、筋層まで到達したものを「進行癌」と呼びます。
粘膜下層へ癌が浸潤すると、脈管(血管、リンパ管)を通って、癌が他の臓器やリンパ節などへ転移する可能性が出てきます。癌の浸潤が深くなるほど、転移する確率が高くなっていきます。
また、壁を破って外へ癌が出てくると、癌細胞が壁の外へまき散らされてしまいます(播種:はしゅ)。
ESDの適応となる癌とは
ESDの適応の原則は、「転移の可能性がほとんどない初期の癌(がん)」であることです。
ESDを適応できる癌は、学会のガイドラインに記載されています。
臓器などによって細かく基準が設けられており、専門的になり過ぎるため、ここでは大まかな考え方をお示しします。
粘膜までに留まっている癌は、一部の例外を除けば、基本的に転移を起こさないため、癌の部分だけを切除出来れば根治の可能性が高く、ESDの適応です。
粘膜下層へ癌が浸潤すると、転移を起こす可能性が出てきます。
粘膜下層への癌の浸潤が浅ければ、他の条件によっては癌が転移する確率がそれほど高くないことがあり、ESDの適応になる場合があります。
しかし、粘膜下層への癌の浸潤が深い場合は、癌が転移する確率が高くなります。ESDで癌を完全に切除出来たとしても、転移した先で癌細胞が増殖していく可能性があります。そのため、粘膜下層の深部に浸潤した癌は、基本的にESDの適応外となります。
また、進行癌は粘膜下層を超えて、筋層まで癌が浸潤した状態です。ESDは粘膜下層まで切除出来ますが、筋層は切除することは基本的に出来ません。そのため、筋層まで浸潤した癌にESDを行っても、完全に切除することが出来ず、癌を取り残してしまい、再発してしまいます。そのため、進行癌はESDの適応外です。
なお、癌の深さを、ESDを行う前に100%正確に診断することは、現在の医学では不可能です。そのため、癌の深さの診断が困難な場合、ESDで癌を切除して、切除検体を顕微鏡で分析して癌の深さを診断し、その後の方針を決めることがあります。このような方法を、”診断的治療”と呼びます。
ここで覚えておきたいことは、外科手術により切除した臓器は元に戻りませんが、ESDでは臓器を失うことがないという点です。医療の現場では、ESDにするか、外科手術にするかで迷う場面があります。このような場面では、ESDによる診断的治療が有用な場合があります。
また、胃カメラや大腸カメラで見て、粘膜下層の深部への浸潤が疑われたとしても、以下のような場合は、ESDを検討する余地があります。
・患者様が高齢で、外科手術に耐えられない可能性がある場合
・患者様の全身の状態が悪く、外科手術に耐えられない可能性がある場合
・患者様が外科手術を希望されない場合
・癌が粘膜の中に留まっている
→ ESDの適応(例外あり)
・癌が粘膜下層へ浸潤しているが、浅い浸潤
→ ESDの適応の可能性あり
・癌が粘膜下層へ深く浸潤している
→ ESDの適応“外”
・癌が筋層まで浸潤している(進行癌)
→ ESDの適応“外“
ESDの利点
ESDは外科手術に比べ、患者様の体への負担が少ない治療法です。そのため、開発されてから比較的、歴史は浅いのですが、日本全国へ普及しています。
厚生労働省のNational Clinical Database(NCD)によると、2016年には、胃がんに対する内視鏡切除(ESDなど)の件数が、外科切除の件数を抜いたとのことです。これは、ESDの普及が急速に進んでいることを示しています。
以下、ESDの利点を述べます。
おなかや胸に傷跡が出来ない
ESDは、胃カメラや大腸カメラから出した電気メスで、胃腸の壁の内側を剥がして癌を切除する方法のため、おなかや胸に傷跡が出来ることはありません。
後遺症が基本的にない
ESDでは、癌の部分だけを剥がすだけなので、一時的に剥がした部位にキズ(潰瘍)が出来ますが、1~2か月で治ります。臓器自体はそのまま残るため、基本的に後遺症は起こりません(例外的に、食道などの狭い場所を大きく切除すると、キズ(潰瘍)が治った後に狭くなる場合があります)。
外科手術では、臓器の一部あるいは臓器自体を切除します。そのため、本来、臓器が果たしていた機能が失われ、後遺症が残る可能性があります。
例えば、胃がんの外科手術の後は、様々な胃の機能が失われ、胃切除後障害と呼ばれます。
胃切除後障害の発生率は25~40%とされており、しばしば生活への支障をきたしQOL(quality of life、生活の質のこと)の低下がみられるため対処・治療が必要となる。
日臨外会誌 77( 5 ),1007―1022,2016
入院期間が短い
ESDは、一般的に入院期間が術後1週間程度です。病院によって違いがあり、早い場合は術後3日程度で退院することも出来ます。また、合併症などなければ、ESDの翌日には歩行することも出来ます。
外科手術は、術式によって差がありますが、基本的にESDより長い入院期間が必要になります。
ESDにおける麻酔
ESDで用いられる麻酔の方法には、静脈麻酔、全身麻酔があります。
静脈麻酔:点滴で薬を投与し、眠った状態にします。薬の量を安全な範囲で調整し、眠り具合をコントロールします。
全身麻酔:点滴やガスで薬を投与し、完全に意識をなくす麻酔方法です。麻酔中は、気管の中にチューブを入れ、人工呼吸器で呼吸管理を行います。
ESDは、静脈麻酔で行われるのが一般的です。
以下の場合は、全身麻酔で行われる場合もあります。
・治療時間が長くなることが術前に予想されている
・静脈麻酔が効きにくいことが術前に分かっている
・十二指腸のESD
ESDの合併症
合併症とは、手術や検査などが元になって起こる病気のことです。
ESDは体に負担が少ない治療ですが、薄い消化管壁の一部を剥がしとるため、合併症が起こる可能性があります。
代表的な合併症として、出血、穿孔(せんこう:腸の壁に穴があくこと)があります。
ESD術後の出血
ESDを行った部位は、キズ(潰瘍)になっており、術後にキズから出血することがあります。ESDを行った日から2週間以内に起きることが多いです。
出血が起きると、血圧が下がって来て危険な状態になるため、胃カメラや大腸カメラを用いて出血を止める必要があります。
ESD術後の出血による症状
血圧が下がってくると、ふらつき、めまい、意識がぼんやりするなどの症状が出てきます。これらは、ESDを行った部位によらず、共通な症状になります。このような症状が起きている場合は、かなりの出血が起きている可能性があります。
食道、胃での出血では、真っ赤な血を吐く、黒い便が出るといった症状が出ることが多いです。
大腸での出血では、排便時に便器が赤く染まる、血液交じりの便が出るなどの症状が出ることが多いです。
これらの症状が起きている場合は、すぐに胃カメラや大腸カメラでキズのチェックをして、出血していれば血止めの処置、輸血などの対応が必要になります。
穿孔(せんこう)
穿孔とは、胃腸の壁に穴があくことを意味します。
ESDでは、筋層のすぐ上にある粘膜下層を剥がすため、他の内視鏡治療に比べ、穿孔が起きる可能性が比較的高くなります。
穿孔が起きると重篤な状態になり、緊急で外科手術が必要になる場合があります。
ESD後に、強い痛みが起きた場合は、穿孔の可能性があります。入院中であれば、担当している看護師、医師に痛みがあることを伝えましょう。退院後に急に痛みが出た場合は、速やかに病院を受診し、医師の診察を受けるようにして下さい。
湘南藤沢徳洲会病院・内視鏡内科でのESDを希望される患者様へ
ESDは体への負担が少なく、患者様にとって利点が大きい治療法です。
しかし、ESDの欠点として
・穿孔のリスクが高い
・治療にかかる時間が長い
といったことが挙げられます。
そのため、私はESDを安全かつ効率的に行う方法として、以下の2つの方法を研究して参りました。
・トラクション法を用いたESD
・浸水下でのESD(Underwater ESD)
この2つの方法については、GIE (Gastrointestinal Endoscopy) という影響力のある内視鏡専門誌から、原著論文として報告しております。
当科(湘南藤沢徳洲会病院・内視鏡内科)では、GIEから報告した2つの方法に加え、他にも独自の工夫を行い、安全かつ効率的なESDを目指しています。
また、当科で行うESDは、最初から最後まで私が担当させていただいております。
当科での治療を希望される患者様は、下記のお問い合わせボタンから、お気軽にお問い合わせください。
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